2010年11月09日

怒りのチョコ

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ある日曜日に、殿の日本語学校の担任の先生からメール。
「殿君は国語の学習、プリント、漢字スキルなどを学校に忘れていきました。現地校のロッカーに保管してあります。宿題をするときになってあわてないように、と思いました」ということ。

現地校の先生用のロッカー(倉庫か?)に入れてあるということは、次の土曜日までに手にすることはできないということではないか!「そりゃあ困った」ということだろ。

ということで、殿に一通りおきまりの雷を落としたあと、日曜日の午後、お友達で頼れそうな人に私が電話をしてみた。現地校が同じ子からいってみよう。ちょっと一時間ばかりお借りして、コピーしてお返しする、みたいなことができないか、とMちゃんのママに相談。そうしたら「あらあ、うちでコピーしてあげるわよ。今日は一日外出だから、明日まででいいかなあ。」と。わあ、救世主!わざわざ持ち出してお借りする必要もないし、Mちゃんも他の子に自分の国語の学習などを見られることもなく確かに大助かり。お言葉に甘えました。

取りにうかがうときにやっぱりお礼をと思い、もち粉ケーキを焼いて、アーモンドプラリネ入りのチョコレートを作りました。ったく、何で殿がいい加減だと私が労働しなくちゃいけないんだ、と怒りながら。でも、ちゃっかり自分が食べたいものを作っている。

そうこうしていたら、実は副教材だけでなく教科書もないと殿が言い出した。
もうこれ以上Mちゃんママに甘えることはできないので、別のお友達を頼ることに。日本語学校には通っていない近くのお友達(でも大使館から日本の教科書だけはもらっているのだということ)にお願いして、貸し出ししてもらいました。家は車で2、3分で近いのです。

全く本当に手がかかる。
「忘れたのはあなたなのだから」と突き放して子供が「困ったなあ、これからは気をつけよう」と思う性格なら話は別なのですが、日本語学校の漢字テストができなくても気にしないし、ましてや宿題ができないというのは「それならそれで都合がいい」ぐらいにしか思えない子供の場合、やっぱり親としては「でもここで宿題をきちんとやるのがこの子のためになる」という風に判断せざるをえない。なので、過保護だという風に思う親御さんもいるかもしれないし、小学校高学年なんだから、と本人にまかせる親御さんもいるかもしれないけれど、私は「この子のために奔走することも仕方ない」という判断をしました。特に、日本の東京とは違って、お友達に頼るためには車が必要なので、どうしても親掛かりにならざるをえない。

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もち粉ケーキは最近はいつもカップケーキ型で個別に焼くことが多いのですが、今回はパウンド型で。あんは普通に平らに入れたのですが、なぜかこんなふざけた形に入り込んでいます。

でも、まあこのおかげで、作ろうと思ってもなかなかできないお菓子を作ったので、いいことにしよう。

さて、そうこうしていたら、殿のアメリカの学校のEnglishの先生からメール。
If you are receiving this email, it is because you or your student will temporarily have an “Incomplete” on their report card for English Grade 6 for marking period 1. 

ええっ?って感じでした。前の週の火曜日オンラインで宿題提出状況、小テストの点数などをチェックしたら、余裕でAだったので、“Incomplete” ってどういうこと?火曜日以降、殿はこのクラスの宿題のこともよく話していて、やるべきことはわかっているようだったのでそれ以降、私が見なかったのが間違いのもとでした。実は木曜日提出のかなり大きなレポートがあったのに未提出だったよう。そのために成績がCランクになってしまう状況になっているようです。

殿は自分が忘れていたことも忘れている、という感じで、彼は彼なりにショックを受けていた。

ただ、この先生、慈悲のかたまりみたいな先生で「ミドルスクールに入って間もなくてまだ適応期間なのでしょうから、今回は特別に期限を延ばして受け付けます。今の成績では困るという生徒は是非提出して下さい」と。実はもう、金曜日で学期は終わっているので、本来ならばこんな救いはないはずなんだけど、まあ今回限りは、ということで愛の手を差し伸べて下さっているんだと思います。

私は夕食が終わると、片付けもあるので、子供達二人にはそれぞれ宿題をやらせておくことが多いのです。殿の場合月曜から木曜日は現地校の宿題が多いので、日本語学校の宿題どころではないのだけれど、現地校の宿題ならば自力でできることも多いので、本人のペースでやらせていました。「何をやっているの?」と聞くととりあえず何らかのもっともらしい答えは返ってきていたし、宿題が多い、と常にこぼしていたので、やっているんだろうとそのまま信じていました。夫が8時半頃(私的には大変なことは終わってひと段落ついた頃)帰ってきて、殿と若の宿題をチェックしたり、本を読んだりしていたので、私はあんまり手をださないようにしていたんです。殿も夫と一緒にテスト勉強などをやることも多かったので、てっきり夫がきちんと把握しているものだ、と思っていたのが大間違いでした。実は夫もきちんとは見ていなかったんですね。

殿の宿題、小テストや課題レポートのリストを見ると(オンラインでチェックできる)、AAAAと続いていきなりE(半分しかやっていないとか)がでてきてまたAAAA、で今度はCみたいに突然悪いグレードが出てきたりする科目が多い。何でEなの?というと「出すの忘れてあとで出した」とか。「提出日、知らなかった」とか。ただ単に「間違えた」とか。それでもとりあえずはほとんどがAランクの成績。でも、宿題の提出などきちんとできないからぎりぎりのA。なので今回のように比重の大きい提出物をすっかり忘れると、すぐに成績は落ちてしまうわけです。

勉強そのものは、普通にやれば点数が取れるみたいなのに、提出すべきものを期限に出す、とか、何をいつまでに仕上げておかなくては、と計画的にこなすことが全くできないみたい。おまけに集中力がないので、ちょっとの簡単なことをするにも、ぼっとしたり、別のことをはじめたり。自分の部屋にこもっていると普通の本を読んだり、雑誌を読んだり、ヨーヨーをしていたり。

毎日、私が家につくと殿に「Planbook(宿題や課題の提出日がきちんと書き込んである)は見たのか」と確認するわけですが「見た見た」といって、宿題はこれと、あれと、それからこっち、みたいな感じで信憑性のあることを言い連ねるので納得していたのだけれど、結局は実際にPlanbookを家で自分で見返すことはなくただ、頭で覚えていることを適当に言って私の対応を済ませていたらしい。だから今回のように記憶から抜けていた課題は提出しないまま終わってしまう。Planbookを開いて確認するのに要する時間はたかが1、2分。それすら「面倒」と感じてしまうLazyな性格、やらなくてもなんとかなるという姿勢が、確かに彼のアバウトな、細かいことは全部流せる性格と一致しているのであります。なので、今は、私の目の前でPlanbookを広げさせて、毎日、新しく加わった課題を、自分のノートに書きとめさせています。

先週、殿の歯医者さんでの会話。私が「殿は歯を磨くのを忘れてしまうことがあるんですよね。」と言ったのをうけて歯医者さんに対して殿がI'm very tired in the evening.とかなんとか言い訳をしようとしていた。そうしたらその歯医者さん、That is not forgetting. That is just being lazy.とずばり。これ、妙に本質をついています。ついつい面倒だからいいや、と思ってしまうことと、ついつい忘れてしまう、こととは違うのだということ。これがすべてを語りつくしているんではないでしょうかね。

大人でもいますよね、ちょっとしたことが面倒で「面倒だから」というのを理由にできると思っている人。かなり前なのですがある親のグループで数名のメンバーにメールをしなくてはならない立場の人が、なかなかそのメールを出してこないのでどうしたのかと思えば「皆のメールを住所録から書き写すのが面倒でついついできないんです」だと。もちろん、誰でも億劫に思うことってあるとは思うんです。ただ、面倒くさいというのが正当な理由として認めてもらえる、だから責任は回避できるんだとおおっぴらに言えること自体、とても変だと思います。そもそも生きていくって、自分のやりたいことよりも、面倒でもやらなくてはならないことの方が何十倍も何百倍も多いんですから。で、本当にいろいろな事情でできないなら(忙しい、でも時間がない)、他の大人も理解してあげられると思うのですが、「面倒だからしない」と自分がLazyだと認めるのをなんとも思わないこと自体、大人として信用を失うだけなのではないだろうか、と。

まあね「面倒だからやらない」と他人に豪語できるくらいの肝っ玉の持ち主ならストレスたまらずに、それなりに幸せに生きていけるのかもしれないし、それも人生、ですが、自分の子供のそういう態度は直してやらないと、本人が将来困るのではないかと思うのです。

というわけで、未発達段階の子供を普通の常識ある大人に育てる手伝いをするということは本当に大変なことだと思います。

このあと、日本語学校の先生とも面談をしたのですが、面談の前に殿の現地校での状況について(宿題提出忘れなど)や、日本語学校の宿題の態度など担任の先生にメールをしておいたのです。そうしたら、先生は「こういう情報はとても助かります」とおっしゃって下さり、結局は、子供によって成長の速さも違うし、どれだけ親が介入すべきかというのも違うので、殿の場合はきめ細かに親が手伝うことはプラスにこそなれ、マイナスにはならない、ということに落ち着きました。この担任の先生、本当に素晴らしい先生なのです。でも、4年生の時には「お母さん手綱を緩めてもいいかも」とおっしゃっていたんです。私は手綱を緩めれば、殿の学力は落ちるところまで落ちるとわかったのですが、先生もやっと殿は一筋縄じゃ変わらない、ということやっとわかってくださったようです。

算数に関しても、夏からやっている割合の問題で何度繰り返してもまちがってくる。去年、現地校で同じようなことをやっているときにも、散々説明したのに。比例式でやらせたり、アメリカ式に分数に直させたり、図を描かせたりいろいろやって、結局本人は「比例式」がわかりやすい、と言って私の前では次々ときちんと問題を解いている。なのに、授業中のプリントなどは半分以上間違って返されたりしている。直して再提出だと、適当に割る数と割られる数を入れ代えて内容などは考えず「以上!」と終わりにしている。いったいどこがわかっていないんだと思ってよーく聞いてみると、考えるのが面倒なので、答えと同じ単位の数を、もう一方の単位の数で割って、答えが出るだろう、という斬新なメソッドで全部解いてしまったのだそうだ。

「学校に224人女子がいます。それは全校生徒の56%です。この学校の全校生徒の数は何人でしょう」という問題なら、224÷0.56で100%の全校生徒数がでますよね。人数÷割合で全体を出す。
「全校生徒が400人です。女子は56%います。女子は何人でしょう」という問題の場合は、同じように人数を求めているけれど、掛け算で答えを出すわけです。殿はこういう問題も400÷0.56にして解いていたのです。比例式とかいろいろ教えたにもかかわらず。これって、根本的に何もわかってないってことじゃない?意味わかってんの?他のやり方で考えたわけ?と問い詰めると、問題の意味を考えるのが面倒なので、今回は全問求められている答えの単位と同じ単位の数字を別の単位の数字で割ってみた、と。つまり人数を聞かれているので人数÷割合。
開いた口がふさがらないです。物を考えることが億劫だと、適当に自分でルールを作ってしまう。ここまでクリエイティブになるんだ、ってびっくりです。

何が腹立つって、考えてきちんとやればできるのに、あえて頭を使わない、脳みそを使わないですまそう、としているところです。こういう態度に関してもきちんと先生に報告しておきました。

国語の先生は殿は「漢字など完璧ではないけれど、宿題も一応提出しているし、頑張ってますね」と認めてくださっていました。「お母さんに怒られるから」とクラスでよく言っているらしいですが、先生からは「お母さんのお手伝い、ありがとうございます」と言われました。「怒られるからやっているのでもいいんです!」と私ははっきり言っておきました。親に怒られるからということが理由でも、とにかく今勉強することは自分の身につくのですから、それで勉強するなら願ったりかなったりだい。

というわけで、ここ一連のいろいろなことで「私の親としての仕事ってまだまだ永遠に続くんじゃない!」と再確認したのでした。





posted by ちょこ at 00:00| Comment(4) | 長男日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
似たような話がここでも・・・( ̄ー ̄)ニヤリ

自分とは全く違う人格だとは判っているし、受け入れる心の準備はあるのだけど、簡単に事は運ばないものです。


Posted by misa at 2010年11月10日 15:54
misaちゃん
今になって「私ってかなり特殊な人間だったんだ」ということには気づいたし、世の中に違うタイプの人たちがたくさんいることもすごくよくわかるんだけど、仕事していても、日常生活でも「いい加減」「口ばっかり」「すべてにおいてアバウト」「あきらめがはやい」という回りに迷惑をかける人たちに遭遇すると「殿もそのまま自然体で大人になるとこうなる」というのも見えてきた。
まあ、良い面も沢山ある子だということはわかっているし、その部分は親として大切にしなくちゃとは思うけど、親のプッシュで子供の能力を引き出せる限りは、やっぱりうるさく言ってもその子のできる実力を伸ばせるように協力するのが責任なのかなあ、と。こちらの学校は親にその部分を要求しているところがあるのね。日本だとそこのところは塾と家庭教師に任せることになっているわけだと思うけど。
Posted by ちょこ at 2010年11月10日 22:59
はぁ〜。うちとそっくり!もう、何も言うことがないわ。毎日毎日うちでも同じことが繰り返されてる。配偶者が、勉強を見ているようで結局はちゃんと把握してるわけじゃないところも同じ。(しかも我が家の場合はわたしの語学力(オランダ語)がちょこさんと全然違うレベルなんだから困るのよ!)
でも学校の先生が良いみたいで、うらやましいわ。うちは先生がまったく見てない・ヤル気のない人で、困ってるのよね。
性格上の悪い点が本人の美点と裏表をなしてるの、わたしも常々感じてたわ。これっていったいどうしたらいいんだろうね。ほんと。とにかく体力と気力が続く限りはサポートしてやるしかない、ということだよね。疲れるわ〜。
Posted by Shin's mama at 2010年11月11日 00:41
Shin's mamaさん
学校の先生の質はアメリカだと地域によってかなり差があるかも。でも、学校が上にいけば行くほど、やはり先生自身の極めているものがちがうという感じはするけど。小学校でも修士号もっていたり目指していたりする先生がいて、中学でもそういう先生は普通にいるので、多分それに報いる給与体系になっているとか、いろいろシステムは工夫されているんじゃないか、と。
うちは、まだ下のほうが手がかからないから逆に目が行き届かないという状態になっていて、時々「まずい、こんなこともわかってなかった」っていうことも多い。ほんと、エンドレスだと思うよ。
Posted by ちょこ at 2010年11月11日 05:33
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