久しぶりにバイリンガル教育の話。
バーンズ亀山静子先生の講演会に行ってきました。
講演の内容は私が理解したことですので、違う印象を持ったり、違う解釈をされた方もいらっしゃるかもしれないですが、私自身がこの講演で得たことを書いておかないと忘れてしまうのでまとめることにしました。
講師のバーンズ亀山先生はニューヨーク州公認のスクールサイコロジスト。ニューヨーク日本人教育審議会教育文化交流センターの教育相談委員をされている。学校スタッフや保護者とのコンサルテーション、子供の指導やカウンセリングを行っていらっしゃる、ということです。ご自身のお子さん2人もニューヨークの日本語学校の卒業生だということです。
「異文化での子育て-バイリンガル・バイカルチャーの環境で育つ子供の学習と成長を支援する」という演題でした。実際に会場に集まったのは、日本からの駐在の家庭の方よりも、国際結婚永住組が多かったように思います。
まず、講演が始まるまえに渡されたのが、クイズの用紙。
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ウソ!ホント!?クイズ
1 家庭で英語を話しているほうが、学校の勉強に必要な英語力がより早く身につく。
2 家庭でちゃんと日本語だけで会話していれば日本語の心配はない。
3 兄弟姉妹の会話に英語が多くなってきた。もう英語の心配の時期は終わった。日本語の心配に集中したほうがいい。
4 外国語は幼児期よりも成人になってからのほうが容易に習得できる。
5 バイリンガル環境で育つ子供の言語発達は遅れても当然である。
6 英語だけを話すクラスで英語づけの毎日を送っているほうが早く言語を身につけることができる
7 英語での日常会話ができるようになれば英語のみの通常クラスでも授業についていくのに支障はない。
8 日本語を使って考えたり、勉強したりする能力が外国語を学ぶ際にプラスになる。
9 昔はバイリンガル学級やESLなどの特別クラスはなかったが、移民の子供は問題なく英語を学んでいった。
答えは「続きを読む」で。
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講演の中で上の問題にも触れながらお話してくださいました。
上のクイズでもそうですが、先生が準備されたパワーポイントなどは、母語が日本語という場合というケースを念頭に書かれているようでしたので、うちの場合は母語を英語に置き換えて考えていました。
まず英語の習得には2段階ある、ということ。
□BICS Basic Interpersonal Conversational Skill
日常会話力
これは外国人の子供がアメリカに来てESL(英語を外国語として教えるクラス)で学ぶ程度のこと。(異文化に入って、このレベルに達するのはだいたい2年以上かかるのだ、ということ。)
□CALP Cognitive & Academic Language Proficiency
抽象的思考や学習のために必要な言語能力。
ESLを卒業したからといって、このレベルには達しない。(ここまでくるのには異文化に入って5年から7年かかる、ということ。)
それで、会場の親に「子供達にどの程度のバイリンガルになって欲しいか」という質問を先生がなげかけたところ、日本語でも英語でも新聞が読める程度という親御さんがいて、私はちょっとびっくりしたのですが(高望みなんじゃあないのという意味で)全体的に親の本音としてはそこまでのバイリンガルになって欲しいということが合意という形で話がすすみました。基本的にCALPのレベルでのバイリンガルの子供を育てることを目標にしているということです。
バイリンガルによくおこることとして
□母語の干渉
日本語のルールに従って英語を話す(母語が日本語の場合、薬を飲むがdrink medicineになったりする。英語が母語のうちの子供たちが「転んだ」というところを「落ちた」と言うのと同じことですね。英語だと転ぶはfallなので。)
□沈黙期
言葉を失ったかのように話さなくなる次期。
聞く、理解することに集中しているため。数週間から数ヶ月続くこともある。幼時は一年以上にわたることもある。(これは、上の言語の発達が遅れることと混乱されがちなのではないかと思うけれど、沈黙期は発達が遅れているという風には考えないみたいです。)
□中間言語
母語と外国語を組み合わせてどちらの言語とも言いかねる言葉遣いをする。
□コードスイッチ
二つの言語を交互に使いながら話す。文や節の途中でも起こる。
□言語消失
英語が身につくにつれ、母語があまり使われずに、維持されていなかった場合は母語がおぼつかなくなっていずれは消失することもある。(減算的バイリンガリズム)
「私達が目指すのは加算的バイリンガリズム」
親の姿勢として大事なこと
□個人差を意識する
他の子との違いと個人の中の違い
□年齢によって決まった発達のしかたをする領域
□そこまで「何歳レベル」と言い切れない領域
□生活の中でなにが欠落しているのか?
□期待度とそれを促しているはずのことがマッチしているか?
□物事をプラス面、マイナス面の両方、あるいは多角的に見る姿勢
□柔軟な姿勢(一貫性を欠く姿勢にあらず)
以上がだいたいの講演の流れでした。
「個人差を意識する」ということ、この点は、私が一番印象に残ったことです。
個人の中でいろいろな能力が違う速度で伸びていく、ということ。「○年生なんだから××ができて当然」ということは当てはまらないんだということ。殿の場合、いつまでたっても、物の管理ができない、すべてにアバウト、ということについついいらいらするけれど、それは親が理解してそれに合った対応をしなくてはだめなんだ、ということなんですね。
それから、どの脈絡で出てきたのか忘れたのですが、言語の発達に関わることには、学力、対人関係、情緒の発達、考える力というのがあるということでした。
よく「帰国子女は、日本に帰っても自己主張ばかりする」と思われがちだけれど、本当に外国で育つと自己主張ばかりする大人になるのでしょうか、と言われました。アメリカ人の大人でも場を読んで回りにあわせる人は沢山いるし、日本人でもそうでない人はいる。
結局、帰国子女の子供で問題視されるのは、情緒的、対人関係的に場を読み取ってそこで適切な行動をするという成長が伴っていないことがよく起こりうる、ということなんだろう、ということです。
そういう意味でも、日本語で学ぶ補習校・日本語学校(日本語を学ぶ学校でない)に子供達が通うというのはやはり、日本の社会の中に身をおいて空気を読む訓練をしている、という意味でかなりうちの子供たちに役立っていることなんだろうな、と思います。
私の知り合いの日本人の親御さんでも(永住組)「文科省のやりかたで永住組を教える日本語学校の教育は効率的でない」とか「社会科なんて興味がもてるわけないし無駄」みたいに言い切る人もいるんだけれど、私としては日本語学校という環境にアメリカ生まれの子供が土曜日身をおいていること自体、やはり殿や若にとっては私1人では教えきれないものを体得してもらえる貴重な場と思います。
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